思い返せば、私が消化器内科医として足助に赴任した約20年前の2004年から足助病院ブランディングプロジェクトは始まっていました。
消化器内科医として赴任して自らを地域の医療ニーズに合う総合内科医・総合医へ変革する時期があり、
2013年に建築委員長として地域医療のシンボルとして至極色の新病院建築に関わる時期・そして、気象予報士や防災士・コラムリスト・SAXプレイヤーなどの自らのコンテンツを増やし個性を磨く時期などを振り返りました。
2019年に第9代院長を拝命してからは、様々なメディアに進出したり言葉を紡ぎだしてきました。
そして、2024年は赤ひげ大賞を早川先生が受賞することにより足助病院のブランドイメージは更なるステージに昇華しています。
改めて、我々の紡ぎだしてきた素敵なコンテンツを列記してみますと、医療福祉介護系の媒体は勿論、皆様おなじみの医療にかかわらない普遍的な媒体(新聞・an・an やNHKクローズアップ現代・・・)も含まれていることが唯一無二なのだと考えます。
終の住処・教育の場・防災の拠点を提供する病院としての大切な運営の羅針盤を想う医療にのせて多くの人々の心を波立てるのが唯一無二の足助病院ブランディングプロジェクトです。
病院から出て地域での医療活動を活性化させ、リハビリで院内外の人々を元気にして、リモートを利用して地域の栄養改善にも心を馳せます。
年齢を問わない地域の参加型の教育の場を提供し、心豊かな温かい医療人育成に努めます。
最近ではインターナショナルな交流も行ってます。
災害時に脆弱な中山間地域に想いを寄せ、JMAT能登派遣で培った経験、輪島朝市で心揺さぶられた想いを持ち帰り地域に即した防災訓練を行政・警察・消防・最新民間企業ともコラボし様々な形で行っています。
そして、この素晴らしい足助病院を様々な媒体や企画を介して空中・地上展開を行うことがまさに足助病院ブランディングプロジェクトの矜持なのです。
国民的な女優さんが来院しての映画撮影や音楽を通じての地域住民との交流は日常的です。
病院の特集番組制作に関しては、個性豊かな誇り高き足助病院職員が政策に積極的に関わりました。
赤ひげプロジェクトでは豊田市行政を巻き込んだブランディングを現在行っていて、全国展開も視野に入れます。
これからも足助病院は共に想い共に創り共に奏でる唯一無二のブランディングを行っていきます。
講演の最期には足助病院にかかる、一度見ると幸せになると言われる素敵な二重の虹(ふたえにじ)を背景にして講演を終わりました。