「交換の論理」だけでは、社会に格差が生じ、社会が不安定になります。
「交換の論理」だけでは人は幸せに生きていけない。それを補完する考え方が「贈与」でしょうか?
「贈与」はまず「差し出すこと」と思われがちですが、差し出して何かの見返りを期待する気持ちが出てきます。
感謝の言葉、自己満足感を期待してしまいます。
時には金銭を期待することもあります。これは偽善ですね。
「贈与」は,逆にまず「受け取ること」から始まるといわれます。
「受け取る」とは? 何かに気づくことである?
過去の人々が差し出したものを感じることであると。
気づいたもの敬意を払い、次に「差し出す」という循環が生じます。