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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2021/01/20 

Vol.94  「これからの地域医療② ~過去~」

執筆 名誉院長 早川富博

日本の医療保険制度は、世界に誇る医療制度であるといわれています。
国民皆保険、母子手帳の普及などにより、平均寿命の延伸が図られてきました。

昭和36年の国民健康保険法の施行から、医療は、いつでも、どこでも、同じ医療サービスが受けられることを目標にして厚生行政は進められてきました。
「保険料を支払っても受診できる医療機関(診療所・病院)がない!」という国民の不満を解消するために、
人口の少ない(お客さんが少ない)田舎でも医療機関の経営ができるように、診療報酬を高めに設定する政策をとってきました。
このような政策が可能であろうと推測された背景には、当時の人口増加、それに伴う経済の右肩上がりがあり、
医療報酬を増やすことで、医療機関の地方への進展と高度医療の発展が可能でありました。

しかしながら、政治的な思惑が絡み、老人医療・乳幼児医療の無料化、高額医療費制度等により医療費は増大しました。
同時に高齢化社会の問題が予想され始め、昭和54年ごろから、医療費の抑制策が始まりました。
自己負担の増加(1割から3割へ)、高齢者への優遇政策の減速、へと医療政策は舵を切られました。
いつでも、どこでも、同じサービスが受けられるという平等性の当初目標は、早くも崩れ始め、いわゆる僻地・郡部における医療の終わりが始まりました。

つづく...
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