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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2021/03/16 

Vol.127  「あの時のぼくの語ること今ここで語ること (夜の観覧車) 」

執筆 足助病院職員

診療協同部長兼薬剤部長  野村賢一

以前から誘われていた刈谷ハイウェーオアシス行きを決めたのは、おたがい、いつ何があってもおかしくない歳になったなあ、と自覚し、果たすべき義理は果たしておこうと勝手に思いついたゆえであった。
熱帯のジェット気流が日本付近で南に蛇行したこともあって、例年になく寒波が長く居座り、三月に入っても胸元を押しつける風には寒の棘が残っていた。
役職定年でその年の三月末でもって本部薬剤業務から退くのであったから深い理由があっての決断に違いない。五十八歳での退職、二年早期退職となる。
会ってみると、七つ年上の彼の方がずっとエネルギッシュで、肉食系のメニューを食堂で注文したが、彼の胃袋に収める力は若い頃のままで衰えていなかった。
渥美半島の中央部に位置する田舎病院に勤め始めた頃、男の先輩で歳の近かった彼に、「よい職業人になるにはどうすればいいのでしょうか」と彼に素直に訊ねた。「まじめに生きることです」彼はにこりともせず答えた。
こんな思い出話を交えていると、予定時間はすぐに過ぎてしまい、かけ流しの湯に浸かる時間が少なくなっていることに気づく。食堂から外に出ると、暗闇がハイウェーオアシス全体を包み込み、観覧車のライトアップの光りがその周辺との境をより色濃く区切り、幻想的な空間としての華やかさを与えた。
ハイウェーオアシスの天然温泉は役職定年を迎える彼の望みでもあった。天然石をふんだんに入り組ませた木曽路の田舎の露天風呂を思わせる広大な岩風呂、大きな天然石をくり抜いた壺湯、サウナ、電気湯、エステバス、ほぐし湯などとバラエティー豊かな湯船が並んでいた。先客らは心と体の疲れを湯の中に溶け込ませ、至福の時間に身をたゆたわせていた。
彼と湯船に浸かり、話したい言葉は喉元まで出かかるのに、もう一言を吐き出すのに必要な力が出てこない。八年近く前に異動で彼が職場を代えていたがゆえ、その間に彼に起きてきたありのままの事実を、受け止める者としての正しい体勢がとれないでいた。考え方は見えるのだけども、暗幕を取り除く体力はいつしか失われていた。それゆえに、からだの比重だけが増す。
帰り際、「ずいぶん前から決めていたよ。ずっと支えてもらえてありがたかった」彼は湯上がりの火照った体を担保にこう言った。冷えきった伊吹おろしが正面から吹き付けてきた。
「できることしかできないですよ。それよりも観覧車がどうしてあんなにも美しいのか知っていますか」
観覧車の光りの明滅に彼の目は釘付けとなった。
「平凡な一日が暮れて今日を振り返るのにあの光りの速度が身の丈にあって、何かもっとよい未来があるに違いないことを教示しているからですよ」
右手を差し出すと、張りを失っている頬の筋肉なのに、刹那、ゆるんだ。彼は重かったネックレスを外したときの開放感をあじわっているのだろう。また、いつか。握手をした。つないでいた手の力と温かみを忘れぬうちに駐車場へと向かう。
なぜか再びからだの比重が減り、寒風に飛ばされぬよう身を低くして足を踏んばらねばならなかった。瞬間、空中に泳ぐ観覧車の点滅が風とともに肩で弾けた。

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