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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2021/10/26 

Vol.159  「平成の怪物、引退」

執筆 足助病院職員

企画課長兼施設課長 日比敦郎

西武ライオンズの松坂大輔投手が引退されました。
「松坂世代」と呼ばれ、彼と同世代で輝かしい成績を残した選手は枚挙に暇がありません。
そもそも「○○世代」という呼ばれ方が松坂投手から始まったものと認識しています。
それぐらい偉大な選手でした。

自分目線で大変恐縮ですが、松坂世代は私の2年下の世代になります。
松坂投手が甲子園で躍動したころは私が大学2年生の時であり、私自身も高校野球から引退してそれほど年数が経っていなかったので、ギターの練習もそこそこにテレビにかじりついていました。(大学も夏休みでしたので、時間だけはたっぷりありました・・・)
伝説の準々決勝PL学園戦はもちろんのこと、準決勝の明徳義塾戦、決勝の京都成章戦もリアルタイムで見ていました。
ほとんど一人で投げ切る松坂投手を見て、私は若干二十歳ながら感動で号泣していました。まだこのころは、投手は水を飲んではいけないという精神論が当たり前のように横行していた時代です。ボロボロになるまでエースがマウンドに立ち続けることも美学とされてきました。
松坂投手もそうでしたね。
そんな彼が現役最後のマウンドで渾身の力を込めて投げたストレートが118㎞/hと表示されたのを見てやはり涙が溢れてきました。
誰が見ても肩をかばったフォームで全身を使って投げ込んでいました。
やはり怪物ですね。おそらく腕を挙上しただけで激痛が走る状態にも関わらず、あれだけのスピードを出すところはさすが松坂大輔です。しかもストライク入っています。
最後は四球でしたが、丹念にコースを狙ってのものです。真剣に打者を抑えようとしていました。

現状の自分を冷静に把握して目の前の課題に対して最善を尽くすということはなかなかできないことです。
野球に例えると分かりやすいのですが、この松坂投手の状況を自分の仕事に当てはめてみたら?と思うと、大変難しい選択になってきます。
かなり絶望的な気持ちに苛まれ、逃げ出したくなるのではないでしょうか。
松坂投手はこのマウンドをただの引退記念とせず、あくまでも真剣勝負の場として臨んでいました。
150㎞/hオーバーの快速球を連発して、打者をねじ伏せてきた松坂投手が120㎞/hに満たないボールで打者を抑えようとする姿に、私はとても考えさせられました。
プロとしての矜持を見せてもらったマウンドでした。
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