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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2019/10/01 

Vol.39  「ご飯とイワシ」

執筆 足助病院職員

診療協同部長兼薬剤部長 野村賢一

ある日、わたくしは日本穀物検定協会が毎年発表している米の食味ランキングを見る機会があった。
平成30年度は新潟県魚沼産コシヒカリが五段階で最高評価の「特A」で1番、愛知県産は残念ながら特Aに該当する品種はなかったが、そのあとに続く2番に該当するAが「あいちのかおり」「ミネアサヒ」で、3番のA’に該当するものが「コシヒカリ」となっていた。
今でこそ農協さんに田んぼの耕作を預けているが、数年前までわたくしの家はわずかではあるが「あいちのかおり」「コシヒカリ」の稲作をしていた。だから、この2銘柄が愛知の先頭に立つ優秀なお米であったことを知った時、わたしは家で獲れるお米をおいしくないと他と比較することもせず決めつけて食べていた自身のことが今更ながら悔やまれる。
灯台下暗しというのか、日頃から食していたので米の味覚が麻痺していたと言い訳すると罰が当たりそうなのでやめるが、もう一つの「ミネアサヒ」という品種についてはどんなお米なのかわたくしに興味を抱かせた。
ネットで調べると「ミネアサヒ」は中山間地域での栽培が適しているお米で、豊田市旭地区で生産される高級米とのことだった。
さて、山本夏彦氏の随筆に「ごはん」という炊き立てのご飯の感覚を描写した実に素晴らしいものがある。
一節を引用させていただくと
「お米を上手にたきあげると、お釜の中で、真ん中がうず高く、まるく盛りあがってきます。ごはんのひと粒ひと粒が、背くらべして立っているようです。お米の中に含まれている養分が、ちょうどよい水かげんと火かげんのため外にあふれ出ようとして、あふれ出ないで、やっとふみとどまったようなかたち」
と表現されている。こうした文章に出会うと突然おいしいご飯を召し上がりたくなる。
夏が過ぎる頃、海釣りを趣味にしているわたくしは、まるまると肥った20cm前後のマイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシを釣る。それぞれのイワシの種類は違えども回遊魚であるので、釣れだしたら止まらない。
堤防からのサビキ釣りをしているので、釣り針には7-8匹が鈴なりになって釣れる、いれ掛かり状態である。
しかし、こんな状況下でも釣れるときに釣っておかないと、釣れない時もあるので、釣果についてはプラスマイナスの帳尻合わせをしようとする心理が働く。それ故に、欲深い性分となってしまったのだろうか行きつくところは、イワシがクーラーに入りきらなくなるまで納竿できなくなる。
イワシをこんなに釣ってどうしようかと頭を悩ますのだが、帰宅途中で生のままでもらってくれる大変ありがたい友人の家に立ち寄り、欲しいだけイワシを引き取っていただく。そして残余したイワシは家でわたくしと家の者とで粛々と調理し、煮つけ用、天ぷら用にとさばく。それでも残ったものは丸干しにと回す。
翌日、一軒では食べきれないので、新鮮なうちに足助地方のとある人物にお裾分けをするのが習慣となった。他者に喜んで食べてもらえることが、ありがたく思えて仕方なくなりそうしているのだが。 
そんなある日、お返しにということで「ミネアサヒ」の新米を腹いっぱい食べても有り余るほどいただいた。えっ、これ、ベストスリーに入っているあいちの有名なお米であることをその人物にお伝えしたが、順位のことは知らなかった。
田んぼに引く水が山からの清水を利用しているので、養分が足りないせいでお米のサイズが小粒なのが不満らしい。ふいに、灯台下暗しという言葉が口から出ようとした。あたりまえほど怖いものはない。
その日の晩御飯はミネアサヒとイワシの丸干しと天ぷらと煮つけにした。おかずはすべてイワシということになる。わたくしは欲を言えばご飯は電気釜でなく、山本夏彦氏の随筆の「ごはん」のようにお釜で炊いて、イワシは電気コンロではなく、七輪の炭火で焼きたいのだが、どちらもこのご時世、効率性重視なので文明の利器に頼るしかない。
焼いて焦げ目のついたイワシの丸干しを頭から丸かじりする。サクサクのイワシの天ぷらの皮はパリッとして、イワシの身はふっくらとして、熱々のごはんの上には海苔でもおいてご飯を堪能する。腹ペコならどんなご飯でも美味しくなるのだが、そこまで空腹でなくてもおいしいのが、本当に美味しいご飯なのだろう。
つやつやご飯に身を絞めた程度のほど良い塩加減の干しイワシ。虫の音が遠くから聞こえだす頃になると、ご飯とイワシのことでわたくしの頭の中が静謐に渦を巻く。
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