光源氏
透き通る音色のボサノバを聴きながらあなたと出会った時のことを思い出しています。
その日その時その瞬間にあなたと会話した言葉が忘れられずわたしはずっと今日まで熱い気持ち抱き留めていました。
しかしわたしはとうとう胸に秘めたあなたへの想いを抱えきれなくなったのです。
突然の手紙をお許しください。びっくりさせて申し訳ないとも思っています。
ところで足助の姫は木々は冬にこそ空に向かって成長することを知っていましたか。不思議と思われるでしょうが、それをあなたに伝えたくて今筆をしたためているのです。
なぜ、そんな馬鹿な、なんて、そんな一蹴する言葉で排除しないでくださいね。確かに生理学的には春から夏にかけて木々は成長するのでしょう。
でもわたしはあえて冬にこそ木々は枝という触手と芽という命を自然から授けられ成長するのだと思うのです。
木には天に向かってのびようとする勢いが感じられます。道に並ぶ木々を見ながらその勢いは葉を失ったことで得られるのではないかと思うのです。
葉は枝から上向きに出ていても葉の先の方は下を向いていることがよくあります。葉先をいわば下向きの矢印とすれば葉を落としきった木にはそれが全く無いのです。
かわりに多くが天を指してのびている枝や枝先という無数の上向きの印が強調されます。それがのびる勢いを感じさせるのです。
わたしのあなたに対しての想いもまさにこの冬木と同じで強くあなたに向かってのびようとしています。こんなにもあなたに近づきたがっているのです。
ぶしつけな一方通行ともとれるわたしの寓話ですが、こんなことを想像させるほどあなたの存在がわたしに重くのしかかっているのです。
こんなわたしの想いを受け止めてくだされば嬉しい限りです。わたしは山桜に密かに恋をしてしまったのですよ。
小さな華を大きな山斜面で咲き誇らすその花に。優しさと愛しさを持ち合わせる孤独な木に。冷たい風に揺れながら空を掃いているような木々の姿はものさびしくもあります。しかしその内には新しい息吹が宿り近づく時を待っているようでもあります。
待っています、あなたからのお手紙。今日はここまでにいたします。麗しい姫よ。