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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2020/03/17 

Vol.69  「2月29日の雨の日」

執筆 足助病院職員

薬剤部長兼診療協同部長  野村賢一

うるう年の2月29日は雨となる確率が高い。昨日の天気予報が予告していた通りその日は午後から見事に雨となった。
午前11時に母屋の玄関の扉が開くと長男夫婦が孫を連れて入ってきた。正月に会った時、長男は5月に顔を出すと言って帰って行ったので帰省の連絡を受けた時は、あっそう、という感慨で冷静でいられたが、その日が近づくと前日から心が揺れ始めた。
生後5か月の赤ん坊は大きく目を開いて手を動かす。その動作、その表情を見ていると両親も私も顔がほころぶ。家族の輪の中は孫を主役とする明るさに包まれた。

突然の帰省は4月から長男の勤め先が大阪から愛知の尾張旭市にある場所に異動となったことで新居を探すためだった。
勤め先と実家の安城との中間点となる赤池あたりを転居先の候補としていたようだが、赤ん坊を連れての不動産探しは難しい。
それで孫の面倒をみることになったのだが、その日は女房が用事で出かけていていないうえに、お袋も歳を取っているのでひ孫の子守りは覚束なくなっている。
女手がいない、心配が頭を過る。窓の外を見やると春雷を思わせる鼠色の雲が重なり大ぶりの雨を降らせようとしている。
長男夫婦は子供を置いて出かけていく。ミルクの作り方、ぐずったときのあやし方、おむつの換え方などが書かれているメモ紙を残して玄関の扉を閉めて出ていく。
紙面にはわかりやすく、丁寧に、時おり、矢印マークでポイントとなる点が赤字で大きく記されている。
私はお湯でミルクを溶かし、ほど良い温度になるように水を加える。哺乳瓶でミルクを3回与え、おむつを3回取り換え、泣き出すと抱っこし孫の機嫌をとった。
今どきの夫婦協力での子育てをしてこなかった私にはすべての行為が初めてなのである。
だから泣くことでしかやって欲しいことを訴えることのできない赤ん坊に私は素人と同然、ひたすら孫の動作に合わせるしか出来なかった。
腕がしびれ、腰がいたみ、しゃがんだり立ち上がったりで半日を使った。手慣れていない重労働でお母さん役に成り代わったのである。
頭がくらくらし意識も呆然とする時間帯もあったが早く長男夫婦が帰ってこないかと待ち望んだ。

だからか、その日は雨となったのだろう。
2月29日を迎えるたびに私はその日の子守りを永遠に思い出すに違いないのである。
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