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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2020/08/28 

Vol.98  「 ある夏の追憶」

執筆 足助病院職員

薬剤部長兼診療協同部長 野村賢一

炎天の似合うサルスベリの花が雨にぬれている。いつもの年なら名残の炎暑にあえぐ時なのに、ゆく夏の背中を見送るいとまもなく秋の長雨である。
8月上旬は燃えるような日が続いた、炎帝だった。
もしもであるが1週間前が今日のような秋湿(あきじめ)り、秋黴雨(あきついり)といった日であったなら先生の生命は未だこの世に存在していただろうか。
心のどこかで繋がっていた人が亡くなられた。渥美病院の薬局長を任務された先生、享年85歳である。
薬剤師という職種に身を置きその世界に留まることを否定しつつそれでいて薬剤師の歩むべき道を深く考えていた人でもあった。
先生は好き嫌いで人と向き合うのではなく、本人の能力と仕事を遂行する上で最も適正な人事配置をしてきた。
その時の感情に流されず是々非々で切り盛りしトップとしての叱責と鼓舞を隠さず公言した。
それ故に先生の発言が時として部下には浸透せず、保守や維持を好む部下と変化と強化を推進するボスとの間で隔壁として残ることもあった。
31年経った今、当時のことを思い起こすと、対応能力と実践能力に欠けていた部下の情けない遠吠えが見苦しく思えるから不思議だ。
人生経験の豊富な生身の人間が持つ価値観には折に触れ毒と化すこともある。
あたりまえのことを実直に匍匐(ほふく)行進することで昨年よりも一歩前進する堅い組織を作り上げようとする。
唇をひん曲げ、眼孔を大きく見開き、生き物としての五感をフルに働かせ、田舎の渥美病院薬剤部においても東大病院薬剤部よりも優れた仕事をしようと部下を叩き上げる。
誰もが同じ光に照らされている、光を捕まえるか逃がすかはお前次第だ、とげきを飛ばす。
渥美病院薬剤部の壁に掲げられている額には先生が定年退職1年前に書いた「資質向上と人間関係」が今も揺ぎ無く掲示されている。
仕事のクオリティを常に高めることを考えろ、人と人との関わりの上で実践がなされる職場だからこそ人間関係を良好にしろ、と。
先生の熱い遺伝子を引き継ぐ胞子達に希望というよりも土着な生き方にこそ現実の光が宿ることを伝える。
それは31年たった今日でも先生の想いとともに変えられぬものとして色褪せることなく存在している。
「いったい夏はどこへ行ってしまったんでしょうか」。
白いシャツを着たテレビキャスター氏の一言が耳に残る。

追伸 先生は次世代の医学生のために大学に遺体を献体されました。

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