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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2025/01/09 

Vol.544 「赤ひげ診療譚 足助病院編 太公望」

執筆 院長 小林真哉

あれは2004年夏ごろの出来事だったと記憶しています。
新築間もない母校の大学病院の16階の研究室から名駅のTWIN Towerを遠くに望みながら、電話を掛けた時の会話です。
私『お久しぶりです、小林です。御無沙汰しております』
その先には懐かしい、柔らかな声が聞こえてきました。
『おお!元気にしていますか!この度は足助病院に赴任が決まったようで、おめでとうございます。職員を挙げて歓迎しますよ』
電話の先には、二十歳前後の私に医学部講義してくれた或る方が居ました。
その後、縁あって同じ医局に就職(我々医師の世界では入局といいます)しました。
入局後は、実臨床や各種検査を指導していただき、学術的な面では米国帰りでその当時は高価なものであった、マッキントッシュのPCを駆使していただき学会の準備などでお世話になりました。
その後、大学から市中病院に赴任してからは一時御無沙汰となりましたが、同じ消化器病の道の中でも、胆膵領域に進んだのも運命だったのでしょう。
その流れでの、足助病院赴任だったのです。

表題の〝赤ひげ診療譚〟は山本周五郎氏の連作短編時代小説で、江戸時代中期の小石川養生所を舞台に、
青年医師(保本登)と実在の江戸の町医者(小川笙船)をモデルとして壮年の医師(新出去定)を「赤ひげ」として、
医師としての生きざまを描いた不朽の名作です。

『で、なんで今、赤ひげなんですか? 院長!』と思いましたね!
そうなのです、以前のコラムVol.496 赤ひげにて触れた件です。
足助病院にも赤ひげが居るのです。
現時点では齢73となりましたので壮年ではないのかもしれませんが、見た目およびそれ以上に中身が満ち満ちた壮年期の御仁! 
足助病院名誉院長 早川富博先生がその人です。
この度、早川先生が、2024年の日本医師会の赤ひげ大賞を受賞されました。
受賞の連絡を休日中の早川先生に電話で伝えたところ、ご本人は飄々と
『大変名誉なことですね。ところで、小林先生!今ね私、手が離せないので後でゆっくり連絡します』といそいそと電話は切れました。

相変わらずの無欲さ・謙虚さに関心しつつ、早川先生の現在状況に想いを馳せる私でした。その時、はたと思い当たりました、
「あっ! あの感じ! 釣りの最中で船上に違いない!」
どうも赤ひげに電話したつもりが太公望に繋がったのでした。
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