先日、足助医学舎にて医学部3年生達の24の瞳に射抜かれてきました。
足助医学舎とは足助病院において地域を教育フィールドとして、
大病院や大規模病院で学べない経験を学生のうちから感じるための勉強の場です。
かつてから早川先生と取り組んでいた研修医教育を更に前進させ医学部生にまでさかのぼる試みで、
大規模病院の後輩(現在は母校の教授先生になっています)
と共に始め、今年で7年目になります。毎年10名前後の医系の学生が夏休みを利用して参加します。
コロナ以前は1泊2日で、懇親会などもありディープな会にもなりましたが、最近は日帰りでコンパクトな運営となっています。
ただし内容は年々、足助病院ならではの良く練られた独創的で実りある企画を建てています。
病院内から出て地域の医療施設や福祉・介護施設を訪れる企画は人気ですが、
何よりも人気があるのが地域住民との交流・意見交換です。
今年は平勝寺さんのご協力で、檀家さんと共にACP(人生会議)・老いること・地域の医療状況などの
素敵な交流会を行うことが出来ました。今後もよろしくです。
企画内容と参加された地域住民からの声をご紹介させていただきます。
【目 的】
足助で暮らす地域住民と医学部学生が直接対話し、
足助の魅力や地域が抱える課題、地域住民が医師に期待すること、
学生が目指す医師像について語り合うことで、地域医療について考える機会を創成する
【話し合いの内容抜粋】
・普段から供物や食べ物を地域の方と分けあっている話、有事の際では停電時に
電気釜が使えない家庭がある一方、ガス釜を使える家庭があり、ガス釜の家庭の方が
ご飯を炊いて周囲に配った経験談は学生は興味津々でした。
・戦後間もない頃、救急車などない時代は雨戸を担架代わりに市街地の病院へ
住民で搬送したエピソードにはZ世代の学生には刺激的でした。
・耳の聞こえにくい高齢者について、検査結果などの説明が自分だけの時は「問題ないね」の一言で終わってしまうが
家族が同席している場合に家族だけに説明されることで、患者本人が寂しさを感じるという意見や次の医師が
電子カルテ入力に集中している姿が「話を聞いてくれていない」ように感じられると寂しさの吐露は
私達教員役の医師の心に沁みました。
平勝寺から帰り、病院のホールで振り返りの交流会にて私が話した
〝この地域で医師として生きることのやりがい・素晴らしさ〟を聞いている学生の瞳はきらきらと輝き、
正にタイトルとした二十四の瞳を彷彿とさせたのでした。
※二十四の瞳:壺井栄による日本の名作小説。瀬戸内海の小豆島を舞台に新米女性教師と12人の生徒たちの交流と戦争の悲劇を描いた作品