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足助病院コラム

Asuke Hospital column

2022/10/03 

Vol.331 「足助病院ブランディングプロジェクト episode Ⅰ」

執筆 院長 小林真哉

「足助病院を世に知らしめたい」という想いはいつ僕の心に宿ったのだろう? 
今回は自ら、この問いに答える8連作コラムです、お付き合いください。

大学病院で消化器専門医としての臨床・研究修練を積み、内科医として足助病院に赴任した2004年10月当時は、総合内科医・老年内科医として様々な疾患に相対する覚悟で臨み自らの医師としての存在感を示すことに励んでいました。自らの強みの消化器内視鏡の技量を生かして地域医療貢献・後輩教育に勤しむ日々でした。その間にも私自身は地域住民・病院スタッフ・先輩後輩医師に育てられ人として医師として成長し、年を重ねるとともに少々、自己客観化できるようになりました。結果、自らを取り囲む環境に誇りを感じると同時に、医師不足や人員不足、地域住民・関係機関の認知度不足を実感するようになりました。

「そうだ!もっともっと個を磨き、個を世に出そう!そして、その個が属している組織を世に知らしめよう」
この想いがすべての源であったと思います。
既に足助病院には早川名誉院長をはじめ個として確立されたタレントは幾人もいましたが、更に新たなタレントを育成し、既存のタレントを強化することで個の集合体としての足助病院を組織として宣伝していくこと
これが僕の言う〝足助病院ブランディングプロジェクト〟です。

2013年10月、建築委員長として臨んだ新病院の竣工は、一つ想いが具現化した瞬間でもあり、そして2019年4月第9代足助病院長に就任した時、赴任以来15年間で蓄積し熟成させてきた〝想い〟を表現し結果に結びつけることが自らに課せられた使命だと覚悟した次第です。

次のコラムは、2022年のブランディング体現のプロセスについてです。

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